海援隊

海援隊の上田さんだよーー1970年頃皆さんご存知武田鉄矢氏が大学生の頃結成したバンドです。結成当時のメンバーは武田氏のほかに中牟田俊男、ムロタモトヨシ、ノダマサノブ氏の4人でフォークソングを中心とした曲をやっていたそうです。その後フォークソングからハードロックへと趣向を変え1時期6人までメンバーを増やしジャックスなどのコピーをやっていたとの事。上田さんはその頃ドラムを持っているということで海援隊に誘われ、加入。「本当はギターがやりたくて“ギターもやらせてあげるからとりあえずドラムで”といわれていったんだけど結局最後までドラムスだった」とのこと。
'71中頃には音楽性の違いから上田さんは脱退、海援隊は再びフォークへと戻り結成当時のメンバー武田、中牟田氏に新たに千葉和臣氏を加えて3人で活動を始めました。
TULIPのプロデビューから少し遅れてエレックよりプロデビュー。デビュー当時はチューリップ同様まるで売れなかったようですが'73「母に捧げるバラード」の大ヒットで一躍有名になり「NHK紅白歌合戦」にも出演しています。その後何度か「浮き沈み」の時期がありましたが'79「贈る言葉」の大ヒットにより再び脚光を浴び今では武田鉄矢氏の名前を知らない人はいないくらい有名になりました。
'82海援隊解散。現在は時々再結成してコンサートを行ったりしています。

back

TULIP

1970.1西南学院大学生だった財津和夫氏が「チューリップ」の名前でバンドを結成。その時のメンバーは財津氏のほかに吉田彰、末広信幸、宗田慎二氏の4人。'71.7には「私の小さな人生」でレコードデビューを果たしますが「普通に就職する」ことを希望していた末広、宗田両名がレコード発売を待たずに脱退。'71.5、代わりに安部俊幸、姫野達也氏が加入します。その頃のチューリップにはドラムがいなかっためライブでは上田さんがサポートでドラムを叩いていたそうです。'71,9には海援隊を脱退した上田さんが正式にチューリップに加入、いわゆる「オリジナルメンバー」としてのチューリップがスタートします。

'72.1にプロデビューのため上京。プロとしての活動を始めます。
同年6.5シングル「魔法の黄色い靴」、アルバム「魔法の黄色い靴」を同時発売しデビュー。メンバーは財津和夫(G,Key,Vo)、吉田彰(B、Vo)、安部俊幸(G、Vo)、上田雅利(Dr、Vo)、姫野達也(G,Key,Vo)。1972.4.20発売の第3弾「心の旅」の大ヒットにより一躍有名になります。'73〜'75頃は頻繁にテレビ、ラジオ出演をしどちらかというと「アイドル」っぽい扱いでした。(ファンとしてはそれが不満だったところもあります。)
もともとライブが神髄のバンドでしたのでだんだんとライブ活動中心となりテレビ、ラジオからは姿を消すようになります。
常にコンサートを中心に活動し鈴蘭高原、田園コロシアムなどの野外イベントなど当時としては新しい形のライブを行い「虹とスニーカーの頃」などのヒットもありました。しかし1979.12.25,6の中野サンプラザでのコンサートを最後に吉田彰、上田雅利氏の2名が脱退します。脱退の理由は吉田さんが「健康上の理由」上田さんが「自分のバンドでやってみたい」という事でした。

1980.1には脱退した2名に代わり伊藤薫(Dr)、宮城伸一郎(B)氏が加わり新生チューリップとして活動をはじめることを発表、同年3.には新生チューリップとして初めてのライブを行いました。チューリップファンの間では「伝説」となった雨の鈴蘭高原でのライブ、また'82.8.14にはライブ回数が1000回に達し東京読売ランドを「TULIP LAND」として一日貸し切り、1000thコンサートなどを行いました。
そして1986.3をもって安部俊幸、姫野達也、伊藤薫氏の3名が脱退。2度目のメンバーチェンジによりオリジナルメンバーは財津和夫氏だけになってしまいます。

「第3期チューリップ」のメンバーは財津和夫氏以下宮城伸一郎、丹野義昭、松本淳氏の4名。1987.4には新メンバー高橋裕幸氏を加えますが同年7月には松本淳氏が脱退。ファイナルコンサートツアー“WELL”では安部、姫野氏も参加し1989.7.8中野サンプラザでのコンサートを最後に解散。チューリップ17年の歴史に幕が下ります。

そして1997年。絶対にないと思っていたTULIPが再結成しました。メンバーは財津和夫氏以下安部俊幸、姫野達也、宮城伸一郎氏そして上田雅利…ほぼオリジナルメンバーとしての再結成でした。
7月から10月まで全国ツアーを行い、シングル4枚、アルバム3枚、ビデオ1本を残し1年で再解散。

更に、2000年には再々結成し7月からよく3月まで全国ツアーを行い、「アンソロジー1」「LIVE ACT TULIP“2001年心の旅”」のCD発売。

※ TULIPについてはたくさんのホームページがあります。ここでは簡単に紹介するにとどめました。

back

TONY

TONY PHOTO 1979.2当時まだチューリップに在籍していた上田さんの「飲み友達」だった佐藤真紀氏(Vo.G)が加瀬田靖(G)、西村昌敏(B)氏 を引き合わせTONYの4人のメンバーがそろいました。同年7月にはデモテープの制作を行い1980.1上田さんのチューリップ正式脱退をもってTONYとしての活動を始めます。
1980.6シングル「ひと夏のスクリーン/インディアンサマー」でデビュー。デビュー当時はテレビなどにも出演し、九州ツアーなどのライブ活動も行いましたが、'81には活動の場をライブハウスに移し月1,2回のペースでライブ活動を行いました。そして'82.5.23渋谷Egg&manでの「さよならコンサート」をもって解散しました。 TONYのライブはそれはそれはかっこよかったです。アルバムで発表されたものは「City Pops」を感じさせるおしゃれなものが多かったような気がしますが「もっとハードなものもやりたかった」という上田さんの言葉どおりライブでは「ロック調」の曲も多かったです。バラードを歌わせたら“最高”な佐藤さんのヴォーカル、チョッパー炸裂の西村さんのベース、ちょっと控えめなところが出てしまう加瀬田さんのギター、そして何よりも大好きな上田さんのドラム。個性豊かな4人が奏でる音楽が大好きでした。たった4枚のシングルと1枚のアルバムしか残っていないのがほんとに残念なバンドです。レコードになっていない曲がたくさんあります。そのどれもが大好きでした。もっと皆さんに聞いて欲しかったです。

Discography

1980. 6.20  シングル「ひと夏のスクリーン/インディアン・サマー」
1980.11.21 シングル「Twiright Freeway/VEGA」
1981. 5.21 シングル「ウィンディ・シャワー/TAKE OFF THE CITY」
     ※ 「ウィンディ・シャワー」はエアコンのCMソングとしてつかわれていました。
1981. 6. 5  アルバム「Blue Gray」

フィジー シャイニング・ディ
ひと夏のスクリーン ビコーズ
ラスト・ダンス トワイライト・フリーウェイ
1964 ウィンディ・シャワー
ブルー・グレー VEGAU

1981.11.21シングル「素顔のままで/Sea Wind」
    ※「素顔のままで」はアニメ映画「宇宙戦士バルディオス」のテーマソングでした。

Live

'80.11. 3 Bossファンクラブ結成式 '81. 9.12 目黒鹿鳴館
'80.11. 8 渋谷公会堂ファーストライブ '81. 9.20 新宿ルイード
'80.12. 2 神奈川市民ホール '81.10.18 新宿ルイード
'80.12. 8 長崎NBCビデオホール '81.11. 4 目黒鹿鳴館
'80.12.13 人吉市市民会館 '81.11.14 渋谷Egg&man
'80.12.14 天草本渡市民会館 '81.11.15 横浜文化体育館
'80.12.15 熊本つるやホール '81.11.21 東京理科大学
'81. 1.22 四日市市民会館 '81.11.23 新宿ルイード
'81. 1.23 岐阜市民会館 '81.12. 2 渋谷Egg&man
'81. 4.27 名古屋雲龍ホール '82. 1.17 渋谷Egg&man
'81. 5.20 敦賀市民文化センター '82. 3.28 渋谷Egg&man
'81. 6. 渋谷公会堂労音コンサート '82. 4.18 渋谷Egg&mn
'81. 7. 7 目黒鹿鳴館 '82. 5.23 渋谷Egg&maさよならコンサート
'81. 8.17 目黒鹿鳴館
'81. 8.30 渋谷Egg&man

※ TONYのファンクラブの会報でわかったものと私が行ったライブのみです。この他にも多分やってるはずですがわかりません。

back

上田バンド(Hold!?)

'83.1上田さんが新しくバンドを始めるという話が聞こえてきました。そしてそのバンドの初ライブが'83.3渋谷Egg&manでありました。まだバンド名も決まってないということで仮称「上田バンド」としていた記憶があります。'83秋頃には横浜、名古屋、神戸あたりのライブハウスでもライブを行っています。このバンドは'84.2.29のEgg&manのライブより正式名称を「Hold」としたようです。
メンバーはドラムはお決まり上田さん、そしてギターにTONYの加瀬田靖氏、高橋マサミ氏、ベースに渡辺トモノリ氏、更に'84.2.29のライブより正式なKeyとしてタマキヤスノブ氏が参加しました。

私は「上田バンド」のライブへは最初の2回しかいけませんでした。そんなわけで実はどんなバンドだったのかもよく覚えていないのです。唯一LED ZEPPELINの「WHOLE LOTTA LOVE」をやっていたような記憶があります。
ちょっとお遊び感覚もあって「ドラムはいつも後ろで動けないからたまには俺も前へ出たい」と楽器のローテーションと称してなんと上田さんがギターを抱えて歌う場面もありました。すごく楽しいライブだった記憶だけはあります。
'84.2.29のライブではオリジナルを中心に演奏し、後に自主制作としてCD化した「オイサ」の元曲である「ブルーノート・博多山笠・おっしょい」や「中洲の川」の元曲も既に演奏していたようです。

'84.8にも「上田雅利バンド」の名前でやはり名古屋、大阪、神戸でライブをやっていたというのも聞きました。福岡、神戸でのライブを見たという方々にも出会いました。これがその“Hold”であったのかは不明ですが、ジョン・レノンの曲をやっていたとかOpeningで「花」をアレンジしてやっていたとかそんな話も聞きました。う〜〜ん「上田バンド」ってどんなバンドだったんだろう??

back

上田雅利&YOUBAND(U-BAND?)

私がこの名前を見たのがなんと某インスタントラーメンのCM。'86頃だったと思います。そのテロップにはしっかり「上田雅利&YOUBAND」の名前がありました。しかし、それ以前、以降の活動はまるでわかりません。YOUBANDのライブを見たという方はギターには加瀬田氏がいたとおっしゃってましたのでHoldとは違ったバンドなのかもわからないのです。正式名称もYOUBANDだったのかU-BANDかも不明。(私がCMでみたのはYOUBANDだけど上田さんが過去のバンドとしてU-BANDと書いておられます。)

他にも“FRIDAY”などもあるようです。上田さんのソロライブのパンフレットには「メンバーが違うから名前が違う」という記述がありました。
ということでこのあたりの詳しい情報をご存知の方がおられましたら是非教えてください。(^^;;;;;

back

横浜ベンチャーズ(YOKOHAMA-1)

'83頃元寺内タケシとブルージーンズでのベース担当新庄 ハジメ氏に小川氏、戸田誠氏そして上田さん4名で結成。約1年後に転勤のため(?)小川氏が脱退しその後3名で'94頃まで活動。
バンド名がしめすようにベンチャーズのコピーバンドで当時はベンチャーズファンから熱い指示を受けていたようです。
ALWAYSの雑誌“Word&Snap”のバンド歴には“Y1"とありますが、これはレコード(FIRST ENTERPRISE INC.より“TURN BACK/TEST DRIVER”発売)を出した時に名乗った「YOKOHAMA-1」のことのようです。この他に「横浜ワンBEST47」というカセットもあるそうです。

back

THE ALWAYS

1986.3.20TULIPを正式に脱退した安部俊幸(G)、姫野達也(G,Key,Vo.)、伊藤薫(Dr.)3氏に風祭東氏(B)を加えた4名でALWAYSが結成されました。同年10.21シングル「好きさ」アルバム「Always Be True」でデビュー。1989.3.11白樺高原でのライブより伊藤薫氏に代わり正式メンバーとして上田さんがALWAYSに加入。名称表記を「ALWAYS」より「THE ALWAYS」とします。
ライブハウスなどを中心に'95年頃までは活動をしていたようですが、残念ながら私は一度もALWAYSのライブを見た事がありません。
ということでTHE ALWAYSの事を多くは語れないのでした。 ※THE ALWAYSについても他に詳しいホームページがあります。そちらを見てね。(とあくまでも他力本願) '97TULIPの再結成ツアーの際に「THE ALWAYS再始動」のパンフも配られましたが、'現在残念ながら「THE ALWAYS」としての活動はまるで先が見えていません。今のところメンバー各自ソロ活動を重点において活動しているようです。「解散」してしまったわけじゃぁないよね??ALWAYSの皆さん。

back

Piccadilly Circus

'96杉真理氏の呼びかけで当時期間限定ユニットとして結成され、同年9.6東京池袋アムラックスホールを皮切りに名古屋、大阪などでデビューライブを行いました。その当時のメンバーは杉氏以下、伊豆田洋之(key、Vo.)、松尾清憲(G,Vo)、安部俊幸(G)、橋本哲(G)、風祭東(B,Vo)嶋田陽一(Key)、上田雅利(Dr,Vo)の8名でした。
'97.11には安部、嶋田氏に代わり山本圭右(G),小泉信彦(Key)氏が参加し東京、名古屋、大阪で再びライブをしました。
'96のライブでは少なかった「Piccadilly Circus」のオリジナルナンバーも増えオリジナルを中心にメンバーの各自の持ち歌をPiccadilly流にアレンジしてやっています。
全員がBeatlesに影響を受けてミュージシャンになった方で既に個々で活動されている人ばかりでとにかくみんなが楽しそうに演奏をしているのが印象的なバンドです。 伊豆田さんがBeatlesナンバーを中心に弾きがたりをやってくれる「伊豆ちゃんの小部屋」ではパンフレットに書いてあるとおりPaul McCartneyを彷彿させる歌声を聞かせてくれます。

正式メンバーを杉真理、松尾清憲、上田雅利、伊豆田洋之、風祭東、橋本哲の6名、サポートメンバーとして小泉伸彦、山本圭右となり1999.1.21シングルCD「Baby It's All Right」でデビュー。
2003.12.10にはセカンドアルバム「Summer of Love」を発売予定。再始動する。

Member紹介

杉真理
(すぎ まさみち)
'77「MARI&RED STRIPES」でデビュー。'82「ナイアガラトライアングルVol.2」に参加して注目される。ソロ活動のほかに「BOX」、「MONKEY FOREST BAND」、「Dreamers」などのユニットなどでも活躍されてるようです。
松尾清憲
(まつおきよのり)
'80バンド「シネマ」でデビュー。'84「愛しのロージー」でソロ・デビュー。「BOX」、「MONKEY FOREST BAND」などでも杉さんといっしょに活動されています。
伊豆田洋之
(いずたひろゆき)
'84「Rose Bud Days」でデビュー。「夢のふるさと」「冬の南風」などのヒット曲があるそうです。ソロ活動のほかにサポートプレーヤーとしても活動。
上田雅利
(うえだまさとし)
'72「チューリップ」でデビュー。このホームページの「主人公」なんで今更説明はしません。(^^ゞ
風祭東
(かざまつりあずま)
'86Alwaysでデビュー。左利きのべーシストです。Piccadillyのほかに「MONKEY FOREST BAND」でも活動中。
橋本哲
(はしもとてつ)
「Dreamers」のめんばーとしてデビュー。スタジオミュージシャンとして多数のアーティストのレコーディングに参加されているそうです。
小泉信彦
(こいずみのぶひこ)
「ラッツ&スター」のサポートメンバーとしてデビュー。ALWAYSのサポートKey.としても活動されていました。
山本圭右
(やまもとけいすけ)
'79「SKUNK」としてデビュー。'95村田和人氏、吉川みきらとアコースティックユニット「ジーン&ジンジャーズ」を結成、活動されているそうです。
※ 以上、Piccadilly Circusのパンフレットより一部抜粋です。
back

GAR-YIZ

「ガーリイズ」と読みます。由来は「ガーリー・伊豆」つまり2枚看板である上田さんと伊豆田さんの名前をもじったものだそうです。(じゃ、東君とてっちゃんの立場は・・・・??)
六本木CAVERN CLUBを中心に活動しているBealtesのリプロデュースバンドです。
'97.春頃より活動を開始。結成当時のメンバーはバンマスに上田雅利(Dr、Vo)、以下伊豆田洋之(Key,Vo.)、橋本哲(G)、永沼忠明(B)氏(Wishing)の4名でしたが、'98.3.28のライブより永沼氏に代わりBassが風祭 東(B、Vo)氏となりました。

現在、上田雅利(写真右から2番目)、伊豆田洋之(右端)、風祭東(左から2番目)、橋本哲(左端)で活動中。別名「半ピカ」(4人ともPiccadilly Circusのメンバーでもある事からの別名)
’98.7にはCAVERN CLUBを離れて初めてのライブを行い、現在まで月約1回のCAVERN CLUB及び不定期にLIVE ハウスでのライブを行っています。

back

系図狩

もともとは2001年財津和夫ソロツアーにBassとして参加することになった伊豆田さんに「ツアーの前に1度人前でBassを弾かせよう」を目的として(??)集まった“お遊びバンド”でした。メンバーは上田さん(Dr)に伊豆田さん(B)更にGuitarにPiccadilly Circusでもご一緒の山本圭右氏の3人。
2001年6月30日に品川のぺんじゃっくというライブハウスで“デビュー”しました。
正式に“系図狩”となったのは同年12月の“仕事納め編”からでメンバーの名前の一部“ケイ(圭)”“ズ(豆)”“ガリ(雅利)”をとり組み合わせて決定。「それぞれの音楽のルーツに戻る」というふかーーーい意味も持ちあわせるバンド名なんだそうで・・・(ほんとかい!?)
ということでメンバーそれぞれが過去に影響された曲、好きだった曲をレパートリーとしています。その中身はもちろんBeatlesあり、Rolling StonesありMonkeysにBeach Boys、Billy Joel・・・etc・・・何が飛び出すかわからないご機嫌なバンドです。
1回きりの予定が(?)いつのまにか回を重ね、すっかり定着してしまいました。

back

Soft Landing Ventuers

メンバーはGuitarに昔“横浜 ベンチャーズ”最近ではプライベートバンド“カラージーンズ”(ただいま上田さんはお休み中だそうで)でご一緒だったという戸田誠氏、BassにPiccadilly Circus&系図狩でおなじみの山本圭右氏の弟、山本耕右氏(BONZ)、そしてDrumsに上田さんの3名。2006.5.13のライブをきっかけに若干18歳のギターリスト、小山みょう平が加入。

始まりは2001年10月21日渋谷ランタンでの上田さんのBirthday LIVE。もともとゲストとしてご参加の二人(しかも耕右さんは急遽来れなくなった清水仁氏のピンチヒッターだったりして・・・)でした。
Birthday LIVEの演奏があまりにも好評だったおかげか(事実はわかんない!・笑)2002年2月17日のライブよりバンド名まで決まって再登場。レパートリーはバンド名が表わす通りVentuersのコピーバンドです。このバンドもこれから定番となっていくのでしょうか?
Ventuersのドラムを叩く上田さんはもうため息ものです。!

back

Revolution-9

2005年7月よりCAVERN CLUBに登場したBeatlesユニット。メンバーは上田さんと伊豆田さんのみ固定であと2名は臨機応変で変わっていますが一応、杉原英樹氏、太田シノブ氏が“正式メンバー”となるようです。期間限定ユニットなのか定期的に出演されるのかはっきりとしたことは不明です。(^^;;;;;

back