'01. 6.15 "仲雅美"知ってる人~!
TULIPバージョンの♪If I Fell♪がどうしても聴きたくてとうとうご近所さんからプレーヤーを借りて来てしまったついでにずーーっと眠っていた昔々のレコードを引っ張り出してみた訳で・・・
きっと30代の方には既に「なにもん?」「沖雅也ならわかるけど・・・」な人になってると思うけど仲雅美・・・実は私のミーハーの始まりはこの人だったのだ。どのくらい好きだったか・・・きっと今の上田さんと同じくらい好きだったはず・・・あけてもくれても"仲くん、仲くん"なんと小学校6年生から中学1年のちょうど今の娘と同じ年頃。
同時期に売れっ子だった沖雅也と名前も顔もよく似ていてどっちかというと影が薄い方の人だった。でも、とても美形でいわゆる"2枚目路線"まっしぐら・・・もともとは歌手志望だったみたいだけどTBSのドラマ"冬の雲"で俳優をやっていてその番組での挿入歌♪ポーリュシカ・ポーレ♪というロシア民謡をカバーしたものが大ヒットとなって一躍有名人になった人といえば少しは思い出してもらえるのかな?
私は歌番組でその♪ポーリュシカ・ポーレ♪を歌う彼の歌声の迫力に惚れてしまった訳で決して顔に惚れた訳じゃない・・・(と本人は思っているのだけど・・・(^^;)
就職して東京へ行く時でさえ持って行く事のなかった彼のレコード。TULIPのシングルと一緒に仕舞い込んであったのを実家で見つけて持って来てはいのただけどほんと30年ぶり近くたって久しぶりに聴いてしまった。あーー懐かしい声・・・曲といえばまさに"歌謡曲"なのだけどやっぱり彼の声は今でも好き・・・そして30年も歌ってないのに歌えちゃうのである。
どちらかといえば役者としてのネームバリューが強くてそうそう、由美かおると共演した"同棲時代"が話題になったっけ・・・中学生の私には週刊誌のラブシーンの写真がものすごいショックで眠れない日もあったっけ・・・(^^;その頃からだんだん興味が薄れていったのもあるけれど・・・
曲がヒットしたのをきっかけに歌手を本業としようと役者の方をセーブしたことがきっかけになってしまったのかいつのまにかブラウン管から姿が見えなくなってしまって数年後に花登筐作品に"仲真貴"と芸名を変えて出てきた時にはなんとなく複雑な思いで彼を見ていたけどその後彼の姿を見ることはなくなってしまった。
なんとなく懐かしくなって何か分からないかなぁとネットで検索してみたけどどこをみても私が知ってることばかり・・・これももう随分と昔になるけれど何かのTV番組で実業家としてやっておられる姿を見たことがあるような気もするけれど今彼が何をしているのか誰も知らないみたい。
ほんとはねぇあーんなに好きだった仲くんから上田さんに"くら替え"したように長い人生いろんな人のファンになっていくんだろう程度に思ってたのよね・・・あの頃は。なのになんで私の気持ちは上田さんで停まったままなんだろう?
それゆえか私が仲雅美のファンだったということはすっかり忘れ去られてるわけでたまに知人に「昔は好きだったんだよ」という話をすると決まって返ってくる言葉「仲雅美が転んでなんで上田雅利になるかねぇ」だったりするのである。いったいどーゆー意味じゃ?と思いつつも「だって転んでしまったんだもん、しょーがないじゃん!」と応える私なのである。転んだ理由は私にだってわかんない!
年齢は上田さんと同じ・・・ということで50歳・・・見ない方がいいのかもだけどどんなオジサマになったのか知りたい気もする・・・どなたかごぞんじないですかぁ??(笑)
'01.6.2 WINGSPAN
先日発売になったWingsのアルバムです。
今ちょっと"金欠"だしほんとは買うつもりはなかったはずなんですが・・・・発売されてからよくTV番組のBGMで流れてたりPaulがインタビューで登場したりと曲を聴く機会がやたらと増えてかなり心動いてはいたのです。
25,6日とGAR-YIZのライブを見に大阪へ行きました。その時CAVERNのBGMにも流れてました。中でも♪Let 'Em In♪この曲がやたら懐かしくて聞き入ってしまったのがきっかけで私の中ではすっかり「Wings聴きたい!!」に。
リクエストカードは1枚書いてはいたけど"お約束"でBeatlesの曲ばかりだったし、ま、もしかしたら「こいつは何を考えてリクエストしてるんだ?」なんて思われるかもしれないと思いつつ3曲全部Wingsものでもう1枚リクエストカードを書いてみたわけで・・・なんとそれが実ったかどうかは別としてうちの2曲を演奏してくださったからもう止められない・・・
むちゃくちゃWingsにはまったファンだったわけじゃぁないけど中学時代に耳になじんでいた曲は今あらためて聞くとやっぱり"好きな曲"ばかりでこんな年になって私はBeatlesじゃなくて間違いなくWings世代だと妙に実感していました。Paulのファンときかれるとそれは違う気がするんだけど、でもやっぱりWingsは好き。大阪から帰って即CD屋さんにでかけ買ってしまった"WINGAPAN"・・・私の中では'76頃までの曲しか分からないということも分かったけど聴く曲聴く曲懐かしくてあの頃の情景が広がって・・ここ1週間Wingsに浸りっぱなしです。
GAR-YIZであれも聴きたい、これも聞きたいになっている私。いつかWings特集なんてやってくれないかなぁ・・・・
'01.5.6 偉大なるマンネリ!?
毎年恒例の我が家のGW行事"春スキー&バーベキュー"何しろ結婚した翌年のGWから今まで息子が4ヶ月だったたった1年パスしただけでずーっと続いてる行事だったりします。もともとはSKI仲間でシーズンを惜しんでの締めくくりで企画したのが始まり。メンバーは我が家族だけではなく結婚前からダンナがお世話になってるW家と2家族が"基本形"で年ごとにSKI仲間やらダンナの会社の女の子やら同僚、Wさんの奥さんの友達やら娘さんの友達やらが入れ替わりで加わってだいたい毎度総勢10名前後の団体で楽しんできたのです。
スキー場に鍋、コンロを持ち込んでリフトの下でトン汁作りながらだったり、子供を抱っこ紐で抱きながらの春スキー、大雨の中の山菜取り&強風の中での橋の下のバーベキュー毎年、毎年何らかの珍場面があったりとかして飽きる事のないこの行事。(結構サバイバル!?)
記念すべき!?1回目、実は息子がお腹にいることに気がつかずにSKI三昧をしていて、当時ロッジに8ヶ月の男の子がいて「赤ちゃんを抱けば授かるよ」なんてからかわれながらまるで自分達の子供のように3人で写真を撮って来ていたりして・・・そんなわけで我が息子も"皆勤賞"だったり。
あれから17年・・・8ヶ月だった男の子と息子は年に1度しか会う事がないのに友達のように仲良くて行くと必ず部屋に遊びにきて一緒に食事したり果ては彼の部屋で二人でゲームをしたりで宿にいる間はいい遊び相手になっていて・・・それも昨年彼がアメリカに留学して途切れてしまったっけ。
中学生だったWさんちの娘さんは我が子達が小さかった頃はよくお守りをしてくれていたのが、数年前に"友人"として連れて来ていた中のひとりと結婚して今や2児の母。もちろん毎年ダンナ&子供連れて参加してて今じゃうちの子供たちが彼女の子供たちの"子守り役"。そんな様子を眺めながらみんなが時の流れの速さを実感して「昔はこうだったねぇ・・・」「10年後には今度は梓やタカシの子供たちの面倒を彼女たちが見るようになるかもねぇ・・・」「その頃には私たちも遠出はきつくなってるかねぇ・・・」なんて会話を交わしてしまう・・・自分達オトナは変わってないつもりでもやっぱり歳とったのだと妙にしみじみ・・・・
同じことを毎年繰り返す・・・・何がなんでも続けようなんて意気込みはなかったけど子供たちが大きくなった今でも親に同行する事を嫌がるどころか彼ら自身が当然のようにこの恒例行事を楽しみにしている様子を見ると続ける事に意味があるのかもしれないと思うこの頃です。・・・いつまで続くのか私たちにもわからないけどやっぱり来年もまたでかけるんだろうなぁ・・・
'01.4.29 やっぱり世間は狭いのだ。
ここ数年すっかり"恒例"化したバンド仲間の同窓会。今年もまた突然日時を決定したわりには全員快出席(首都圏在住組が2人いるにもかかわらず!?)と相成って盛り上がってきました。
大体この同窓会の2次会は毎度おなじスナックで年に1度とは言えすっかり「今年もまたきましたぁ~」とすっかり顔なじみ状態。いつもならばBox席に陣取るわれらですが今年は先客があったので初めてカウンター席に・・・と目の前のキープボトルのラベルに見覚えのある字で見覚えのある名前が・・・どうも気になってマスターに「ね、そのボトルの名前の人本名?」「いえ、本名は○○ですけど・・・」・・・・・げっ!・・・やっぱり・・・・・・・「それ、弟かもしんない・・・」マスター曰く「時々来てそこでいつもGuitar弾いていかれますよ。友達が今日おみえになってますけど・・・」もしかしたら人違いかもと疑いつつマスターの指差す方を覗けばなんとそこには弟の中学時代からの親友(悪友!?)T君が・・・お互いカウンターの両端になっていたのでちーっとも気がつかなかった。こりゃ間違いないぃ・・・マスターもびっくりだったようです。しかし、こんなところで「お久しぶり~」と弟の友人にあいさつするというのもなんか変なもんだなぁ・・・・あんまりばか騒ぎすると「おまえのねぇちゃんなぁ・・・」って告げ口されそうでヤバイ!だったりしたのです。
スナックなんてホント年に1度この機会にしかこなくてそこしか知らないのに弟の行き付けのお店だったとは・・・4年目にして分かったこの事実~~いやぁ~まったく世の中は狭いのです。
弟を驚かせてやろうと彼のボトルにハートマーク付きの私の名前(下の方だけね)のラベルもぶら下げてもらってきました。果たしてそれが私だと奴は気がつくのだろうか?(^^;;;;;
おまけ:マスターに名前を聞かれて名乗っていたのを聞いていたバンド仲間「そーいえばMちゃんの今の名前今初めて知ったかもしれない。そんな名字だったんだぁ」・・・ってオイオイ・・・・結婚してもう17年になるんですけど・・・
'01. 4.17 役員会ねぇ・・・
息子の中学校の役員もおわり、娘の方の役員決めのあみだくじも外れ「今年こそなんにもなし」なんてホッとしていたのもつかの間結局また息子の学校で仰せつかってしまった役員・・・カタチは1年任期にはなっているけど慣例からすると卒業までずっと引き継ぐ事になるらしいというから逃げ切ろうかとも思ったのだけど・・・
実は息子が進学した学校、私の母校でもあります。黙っていれば分からないけど狭い世の中、父兄の中にもそれを知ってる方はいていざとなったら鉾先が来るなという覚悟はしていたのです。なんのことはない"勝手しったるなんとやら"下手な新任の先生よりも学校の事知ってるわけで・・・しかも立候補者がない場合の私の該当地区の役員は息子のクラスの父兄から出すルールにまでなっていたしでますます悪い予感。
案の定「やります」なんて方はいらっしゃらないし時間が経つほど"役員を引き受けたくない事情"ばかりが語られ始めるわけで・・・それが嫌で覚悟をきめて「やります」と言ってしまった私。
で、今日が総会&懇親会だったのです。総会の方は滞りなく淡々と進み終了。引き続きの懇親会でもいくら卒業生だからといって父兄のお仲間としては新入りだし見知らぬ方の間で目立たないようにしてる予定がなんと会場を見ればお世話になった先生の顔がちらほら。
「おーーあなたなんでここにいるの?いるということは・・・」
「息子が今年入学しまして・・・・」
「え゛??ほーーもうそんなになるのか??ついこの間卒業したと思ってたのになぁ」
「あれぇ?名前なんだっけ??」
「○○(旧姓)です。」
「おお、そうそう、弟元気か?(弟も同じ学校・・・)で、息子の名前は?クラスは?」
「オマエ、東京じゃなかったか???なんで息子が富山なんだ?」(って10年前に戻ってきてるんだってばぁ・・・)
馴染みの先生に会うたびにこんな会話が続き、気がつけばすっかり"古参の主"状態。(^^;;;;;;;;
卒業して既に20年以上、数多い卒業生を送り出しておられるはずなのに覚えていてもらえるというのも結構嬉しいもんです。
もう一人卒業生の父兄がいた事もあって(・・・学生時代の彼氏のクラスだった・・・世間は狭い(^^;;)古株の役員の方に「もうここ勝手に同窓会で盛り上がってるわねぇ・・・」といわれるくらい昔話に花を咲かせてしまいました。
しかし先生がみんな旧姓で呼ぶもんだから初対面の先輩役員さん、会長さんたちに最後まで旧姓で呼ばれていた私。あの・・・息子の名字は違うんですけど・・・もちろん今の私も・・・・もしかしたら誰が私の息子か分からないままだったりしてね・・・「母さんのしりあいばかりだからやりにくい」といっていた息子にとってはその方がありがたいのかもしれないけど・・・
こんな調子なので役員もまたいいかも?と思ってたりする私なのです。
'01. 4.15 "A Hard Day's Night"
邦題"ビートルズがやってくるヤァ、ヤァ、ヤァ"言わずとしれたBeatlesの主演映画なのです。
確か安部さんがはまって50回以上見たなんてコメントしてたのがこの映画だったような気がします。(・・・曖昧モードなのですが)そんなに面白い映画ならば1度は見たいと思いつつもともと映画を見る趣味が無いもんでチャンスに恵まれないままだったのです。
ここ最近しょっちゅう話題に上るBeatles、とうとう映画までデジタル化されて登場という事で久しぶりに映画館へ出かけてきました。
なんたってBeatlesが動いてるのを見るのはニュースやワイドショーの類で断片的に見た事はあるにせよちゃんとしたかたち(??)で見るのは実は初めてかも?というような状況。そんなわけで画面に登場した彼らを見て「あーー写真が動いてるみたい」というのが第一印象。(笑)ラジオやCDでは随分と彼らの曲を聴いて来たけれどなんというのだろうあまりにも存在が遠すぎて"個人"として捉えた事が無かったのに、妙に人間的というのかまるで映画の中のキャラクターがそのまま彼らのキャラクターであるかのように見えるのがとても新鮮でした。ナイーブでクールなイメージだったJohnがやんちゃで、やんちゃだと思っていたPaulが"いいとこのぼっちゃん"ぽくて地味でほとんど印象が薄かったGeorgeが2枚目っぽくてRingoは・・・ありがちな!?"オチキャラ"で・・・(だれだかバンドのオチはDrummerがほとんどなんて言ってた気がするけど・・・)私にはそんなふうに映った映画だったのですが・・・
ストーリーうんぬんというよりもバックに流れる曲がうれしくて私としては全部演奏シーンだったらいいのになぁだったりしましたが、ライブシーンに映る客席の様子はまさにGS時代のファンがまんまあんな感じで周りの"オトナ"はまゆをひそめて批判的な事を言っていたのを子供だった私は"客観的に"聞いていたのを思い出してしまいました。音楽うんぬんよりも演奏をちゃんと聴いてるようには見えないただ騒ぐだけのファン達への評価!?がそのまま音楽をも「うるさいだけの音楽」としてとらえられたのかなぁとかね。
"同じ物"を時代を超えてそれぞれの年齢で体験できるというのはまたいろんな意味で新鮮味があるのかもしれません。当時は幼すぎてリアルで感じる事ができなかった世代ですが、昔は分からなかった事が妙に納得できたりしてリアルでみれなかった事なんとなく悔しく感じられました。
ちょうど「ロック画報」で"Beatlesと日本のロック"の記事を読んだ後だった事によってまた違った角度から映画を見る事ができた気もします。既に音楽をやっていた人達にとってのBeatlesこれからやろうとしていた人達の目から見たBeatles、そしてBeatlesによって音楽やり始めた人達それぞれの中のBeatlesというのが面白くてBeatlesという現象は"音楽性"そのものだけではなくて当時の時代背景もしっかり分かった上で語らないと何かが違うような気がするこの頃。
それでもこの時代に時代背景を全く知らずに"新しいもの"と同じように出会って今の中高生の感性をも捉えてしまうところにBeatlesのすごさがあるのかなぁ・・・難しい事はわからないけど・・・
なんか語るには言葉を知らなさすぎるかもしれないな・・・意味不明な事書いてますか?頭の中で整理しきれてないなぁと思いつつ感じてる事半分も書ききれないようなジレンマに取り付かれてます。
これ以上どうしようもないのでおしまい!(笑)
#ふむ。。。リンゴはハイハット叩くとき左右にスウィング(?)するような感じで叩くのかぁ・・・とか♪If
I Fell♪だったと思うけどバスドラふんでない!とか「歌声と口元はあってるのに音と演奏してる映像とがあってない!」なんてのもあったような・・・PlayerとしてBeatlesをみたのもはじめてだったかもしれない・・・と、同時にやっぱりミュージシャンはステージで演奏している姿が一番魅力的!!!!
