'99.12.24 また一つオトナになりました
またまた"成人"いたしました。きのう"はたち"になったんです。(・・・わかる人には笑ってもらえるだろう・・・)
昨夜はいつのまに買ってきていたのかシャンペンとプレゼントが用意してありました。んでもってプレゼントというのが最高!・・・"ハンディーマッサージャー"その名も「タントン」(^^;;;;;;
日頃肩凝りがひどくていっつも「肩もみぃ!!」と騒いでる母のためのプレゼント。
Birthdayの前日、忘年会でいなかった間にどうやら3人で密談していたらしいのです。どーりで電気屋のチラシがテーブルの上に散乱していた訳だ・・・・
しかしねぇ・・・・こんなのをもらう歳になってしまったのねとちーと複雑。でもその使い心地はなかなかではまってしまいそうです。
昨年はウルウルさせてもらったけど今年はなかなか笑わせてくれた家族たち。やっぱり私って幸せものだわぁ・・・・家族っていいなぁの一日でした。
昨日の朝は休日と安心しきって朝寝坊してたら知らない間にダンナはいつもどおりに仕事へ出かけていたという大ボケをかましてしまいましたけど・・・「仕事なら仕事って言ってくれよぉ~」・・・ダンナが起き出したのさえ知らない私も私だけど・・・・朝寝坊がダンナからのプレゼントかなぁだったんですけどね。放蕩な嫁でごめんな・・・歳はくえども成長のない私。よくぞ十数年も付き合ってくださいまする。>我が亭主殿・・・・
'99.12. 6 オフコース
TULIPを語る時に必ずといっていいほど比較もしくは対抗で出てくるこのバンド・・・「もちろん」と言う意味だと信じていた若かりし頃・・・「コースはずれ」と言う意味なんだと後で悟って友達と大笑いしたっけね。(って違ってたりして・・・)
私にとってのオフコースというのはまだ小田さんと鈴木さんが2人でアコースティックぽくやっていた頃の方が馴染みがあったりするのですが・・・
あれは高校生の時富山の市街地をふらついていた我が友人たちが「今日さぁ、なんかオフコースとかいうグループのチケットただで配ってたんだけど一緒にいかない??」と電話をくれた事があったのです。なんでも今日がコンサートの当日なのにチケットが売れなくて仕方ないから配ってるという話。私はその頃すでにオフコースの名前は知っていたんだけど他の学校とテスト周期が違っててちょうど期末テストの真っ最中だったので後ろ髪を引かれながらもパスしたという思い出があったりするのです。今から思えばオフコースが5人となってブレークする直前のことであり随分ともったいなかったなぁと後から後悔したもんです。
んで、なんで突然オフコースかというと・・・
さっきたまたま見ていたドラマのバックに「さよなら」が流れてたんですね・・・オフコースのではなかったけど。一緒に歌いながらなんか泣けてきちゃうんですよね・・・涙でボロボロになりながら・・・「何で今ごろ」って思うのだけど・・・「さよなら」「Yes、No」などがヒットしていた頃の悲しい恋愛ごっこを思い出してしまうのですねぇ・・・・あの頃はこの曲の歌詞を見るたびに私の現実に重なってるようで聴きながらよく泣いたものでした。とっくに忘れてたつもりだったんだけどなぁ・・・・・条件反射なのかなぁ・・・・ちょっと胸きゅんモードのgarryさんでした。(^^;
う~~ん、歳とって涙腺が弱くなっただけか・・・・・・・珍しく殊勝だぞ・・・・
'99.12.2 FTPって???
プロバイダから2000年問題対策のため11/24にFTP転送を休止しますというメールは届いていたのですが・・・
作業も終って復活しているはずのサーバーに26日HPを更新しようといつものとおりにホームページビルダー(作製ソフトね、念のため)の中の転送ツールを開いて接続を試みたまではよかったのですが何度やってもサーバー側のディレクトリが表示されないままハングアップ状態・・・・その日は諦めて次の日に試みても同じ・・・・こうなったら何をどうしてよいものやらすっかりお手上げの私はもしかしたら自分が何か"ドジ"を踏んでるのではと恐れつつも恥を忍んでプロバイダーに症状を告げてのお伺い・・・どうやら他にも同じ状態の人がいたらしく「同じ問い合わせが来ておりますので原因を調査中です。原因が分かるまで他の転送ツールなどで対応してください」とのお返事。う~ん・・・自分のソフトがおかしくなったわけではないのねと一安心はしたものの他の転送ツールといわれても・・・・情けない事に「自分のパソコンにもついてるらしいけどどこにあってどう使うか」というのをまったく知らなかったわけで・・・・
しばらく待っていれば復旧するかなと思っていたのだけど待てど暮らせど大丈夫という連絡も届かず、もしかしたらこのままずっと更新できない状態になるのではとだんだん不安になってきて「え~いこの際!」とWindowsに付属のFTPに挑戦する事にしたのです。
大体がなにかのトラブルとかでいきなりMS-DOSの真っ黒画面が現われただけで自分がフリーズしているのにみずからこのMS-DOSプロンプトで操作をしようというのだからさぁ大変。雑誌などのHP作製の特集に書いてある方法にプロバイダーのHPにあった簡単なマニュアルなど参考にいろいろ打ち込んでみるけれど「ディレクトリが違います」だの「コマンドが無効です」だの「~が不正です」だの警告ばっかりで自分がいきたいファイルにさえたどり着けず半べそ状態。・・・
で、悪戦苦闘3日間きのうやっと、やっと成功!!!いつもどおりに更新できていた事に一人で感激しておりました。見に来ている方にはどんなふうに更新しているかなんて分かるはずもないですもんね。ひたすら自己満足なだけなんですが・・・(^^;
そーいえば昔コンピュータというのはBasicだのC言語だのCOBOL(だったっけ?)だの機種にあわせていろんな言語を覚えて自分でプログラミングしてようやく動かせるものだと思っていました。自称パソコン音痴の私でも学生時代は必修課目でFORTRUNのほんの初歩とはいえ自分でプログラミングしていたのです。ANDだのORだのLOOPだのいろんなコマンドを覚えてフローチャート書いて・・・今回のFTP転送のおかげで久しぶりにその頃の事を思い出してしまいました。
パソコンを買って既に2年以上。ほとんどの操作がマウス一つで出来てしまうのがあたりまえのパソコンでしたがようやく自分でパソコンに命令してやらせてる!って気分を味わえました。キーボードで入力しながらこういうのが全部わかれば面白いだろうなぁ・・・と。んでコマンドを打ち込んでいる自分がなんだかかっこいいような気分になって一人悦にいっていた私です。
こんなことコンピュータに詳しい人が読んだら何をこの程度でと笑われそうですが私にとっては大事件だったのでした。
さ、これでいつでも更新できるぞぉ~~~~なんてね(^^)
'99.11.29 どーそーかい
昨年のゴールデンウィークでの再会に端を発したバンド仲間の"同窓会"。どんどん盛り上がってとうとう1泊温泉旅行とまで発展と相成りました。
最初は温泉にでもつかってゆっくりの飲み明かし語り明かそう・・・のつもりが気がついたらGuitar持っていく?・・・エレキギターあるよ・・・ベースとアンプも持っていけるよ・・・・歌本は???かぐや姫とかフォークっぽいのなら歌えるよねぇ・・・どうせなら昔のオリジナルやろうよぉ・・・・・譜面台誰かもってない?・・・すっかりセッション気分。
新幹線移動の関東組+車移動の富山組総勢9名。うまいことに見た目は子供を一人づつ連れた3家族状態。その実体は女性3人にコブがついてきただけで男性陣とは何の関係もないという妙な団体。ワゴン車に6名プラスその荷物、Guitar類4本、アンプをつんでぎゅーぎゅー詰めの状態で富山組みは出発。
行きの車の中で既にGuitarを引っ張り出し「おい、練習するぞ!」。10数年ぶりに触ったGuitar、ただでさえマトモに弾けないのに狭い車の中じゃもっと大変。メジャーコード、マイナーコード、7thコードあたりまでなら何とか覚えてた事にホットしたものの指が動かない!ハイコードのコードチェンジがぼろぼろ・・・・完璧だったはずのスリーフィンガーもそーとー怪しい更に5分もしないうちに指先が痛くてコードを押さえるのがやっと・・・とてもとてもバンドやってましたなんて言えるような状態にあらず・・・(もともとがたいしたことなかったのにこれだもんね(^^;)それでもせめてもの慰みはくっつき虫でついてきた娘が「お母さん、Guitar弾けるんだぁ・・・」と多少はそんけー(???)してくれたくらいでしょうか??
20年近く前の当時のオリジナル曲(とはいってもその頃はもう私は参加してなかったんだけど)のコード付き歌詞カードに演奏テープをCDにしたものまで準備してきたのがいたもんだから曲を作った本人は「はずかしい~~やめてくれぇ~」とへこむへこむ。なんたって詞が若いもんね。「おれたちティーンエイジャー!」(大爆)だもんね。へこむ本人を尻目に何とか仕上げるぞーとばかりに「ここはキメ!ジャッキアップ・・・」バンドというには程遠いけど大合唱で貸し切り状態の宿で遠慮なく大騒ぎ。いやぁ~~楽しかったなぁ~~~~翌日は声がガラガラになっていた私です。
最後に次回2000年までに詞を書いて1曲作ろうなんて話にまで・・・で、聞いてくれる?歌詞のテーマ。「20世紀に残してきたもの」・・・・と書くとカッコイイでしょ?でもね、出てきたのは「恥」「理性」・・・・なぁ、それって残してきたんじゃなくて捨ててきたもしくは置いてきた・・・忘れてきた・・・じゃないのか???さてこの続きはどうなる事やらですが・・・大体がいい加減なメンバーだしなぁ・・・
そんなわけで昔の仲間は楽しいなぁ~~の2日間だったのでした。
蛇足:私の留守中に友人がかけてきた電話に我が息子は一言「お母さんは遊びに行ってます」と答えたそーで(^^;;;;そーいや夏休みの親子除草の時「母は?」と友達のお母さんに聞かれた娘は「ライブ(一里野の時ね)に行った!」と答えてたらしいしなぁ・・・嘘じゃないのよね、嘘じゃ・・・でもねぇ・・・・(^^;;;;;;;;;
'99.11.23 お年頃!??
夕飯の支度をしている時に聞こえてきたうちの兄妹の会話です。
妹「この間のピカチュウ大作戦(学校区の一斉清掃行事の名前です)の時に"おにい"(うちの娘は兄をこう呼ぶ)のクラスのKさんと一緒でさぁ、あーの名札みてもしかして妹?って聞かれたんだよ。でそうだよっていったら"あいつクラスに好きな奴いるんだぜ"って教えてくれたよ」
兄「誰、それ??違うよ、違うクラスの奴だもん」
妹「だってその人がくると赤くなってもじもじしてるって言ってたよぉ」
兄「それ、そいつが勝手にそう思ってるだけ!余計な事いうなよな!!」
妹「だってぇ、その人がそういってたんだもーん」
ほーー我が子達もそういうことを話題にするようになったのかと"耳ダンボ"状態の母親(^^;;;
その後妹は兄の好きな人を聞き出そうと一生懸命にかまをかけていたようですがさすがに頑として口はわらないお兄ちゃん。それでも好きな人がいるって事はポロッと口にするようじゃまだまだ修行が足りないねぇ~~~妹じゃなくても母も気になります。一体息子はどんなタイプの子がお好みなんだろう・・・人一倍奥手でそういうことには興味がないと思ってたけどそれなりにちゃんと成長しているのだと妙に感心してしまった出来事でした。
私もあの頃に戻りたいぞ・・・・・(^^;
'99.11.14 ディナーショー
昼のディナーショーというのも変なんだけど、某保険の企画で無料でディナーショーご招待があったのです。今までディナーショーなんて行ったことないし興味津々ではあったのですけど・・・
掛け金からの割り当てで2名分。となると家族じゃいけないし両親にでもプレゼントするかと思っていたら母が言うには「父さん今歯医者に通ってて柔らかいものしか食べられないし、子供たちのお昼は食べさせてやるから夫婦で行っておいで」との事。
子供たちからも「せっかくだから二人で行ってこれば」と言ってくれたのに我がダンナ、「フランス料理は全部食べないと次の料理がこなくて自分のペースで食べられないから嫌だ!」と言い張って付き合ってくれる気配もない。そりゃ私だって今更ダンナと二人で出かけても話に困るよなぁ・・・と思ったけどせっかく2名分あるしさぁ・・・・ということで結局母と二人で行くことになったわけです。
誰のディナーショーかって?松村和子・・・そう三味線をGuitarのように抱えて♪帰ってこ~いよぉ~♪と歌っていたお姉ちゃん(って私よりも年下だと思うけど)。ふーむ、興味ないけどま歌唱力はあるからそこそこ楽しめるかもしれないと思っていた私です。
ここのところ上田さんがらみのLIVE以外は行った事がないし"げーのーじん"などテレビで見るだけでめったに生でお目にかかる事なんてないから少しは感激するかなと思ったけどステージに出てきた彼女を見ても感動も何にもない(^^;バックはカラオケだし、ほとんどが演歌に民謡だし、不自然にハイテンションの司会者が妙に浮いてる気がして「こういう稼業も楽じゃないだろうなぁ」などと気持ちは醒めていくばかり。ステージから降りて客席をまわって握手などのサービスをしながら歌う彼女に「愛想笑いもつらいから頼むからこっちにこないで」と思ってしまっておりました。もちろんオジサマ、オバサマがたはすっかりその気になって楽しんでおられた方も多かったんですよ。ただ私にとってはねぇ・・・唯一津軽三味線だけが"生"でこれが一番よかったかもしれないと思っている私です。
あ、決して彼女の歌がよくなかったわけじゃないんですよ。特に最近だしたという元クリスタルキングの田中さんとのデュエット曲なぞは是非生で聴きたいと思ったくらいよかったです。
本日のお一人様の料金は約2万円なんだそうです。ただだからこそきたけどこんなにお金を払って聴きたいショーじゃないよなぁ・・・これだけ必要なら東京へ行ってでもやっぱり上田さんのLIVEみたいと切に思ってしまったのでした。
'99.11.13 遅まきの"デビュー"
ったって、CD作ったわけでもなく・・・・
一里野だ!金閣寺だ!GAR-YIZだ!と大騒ぎをしているさなか実はずーっと人生最大のデビューに向けての準備に追われておりました。
今の仕事を始めて既に8年目。身分はアルバイトとはいえ正式社員としての会社づとめが5年ちょっとで終ってしまっているのでそれよりもずっと長く続けていることになります。
そんな中で3年も4年も前から勤務先の研究室の先生から薦められつづけていながら今一つ決断が出来ず、ずーっと曖昧な返事を繰り返し保留していたことがありました。このままではずっと進歩がないと判断されたのか、今年の夏休み前、とうとう具体的な話となり白黒つけなければいけない状況にさらされたのです。そして期日までに散々考えた挙げ句出した結論は"GO"。その旨先生に伝えたあとも「本当にこれでよかったのか?自分の力以上のことを望んでいるんじゃないだろうか?」自分が出した結論に自信が持てずにいました。もしかしたらそれは今でもあるのかも知れません。やるといった以上中途半端にすることは自分の中で絶対許せないし、何よりも自分のことを考えてくださっている先生に対してとても失礼なことなのだから・・・「博士号取得を目指す・・・」・・・こんな歳になってそんなだいそれた事・・・・
そんなわけで本日、某学会での発表デビューと相成りました。
研究発表自体はまるで経験がないわけではなかったけど、世にでるのは初めてだし、ここ1週間緊張で胃が痛くなる毎日。先生と顔を付き合わせての最初のリハーサルでは頭で理解してることがいざとなると表現する言葉にならず、黙ったままかたまってしまった自分に情けない思いをし、本番でこうなってしまったらどうしようと気持ちばかりが焦ってしまったり・・・
それでもなんとか2日前には"原稿"もまとまり眠れぬ夜を過ごしながらも今日を迎えたわけです。一生懸命「大丈夫!」と自分に言い聞かせながら・・・・
自分で願掛けをしてました。自分なりに納得できるような発表が出来たら"今一番の願い"がかなう・・・
今日1日無事に終りました。ずっと気持ちが張り詰めていたのが急に緩んでしまったせいか帰宅してすぐに布団に潜り込んで眠ってしまいました。完璧じゃないにしろ自分なりに納得が出来る結果を残せたと思っています。
でもこれで終ったわけではないのです。今日が目的に向けての第1歩。ようやく始まったのです。目的の達成がいつになるのか先は見えないけれどマイペースで納得の行く仕事をしたいと思っています。そうすればいつか結果はついてくるはず・・・・今日こんなことを報告したのは"有言実行"を信条としたかったから・・・・ 途中でくじけていたら思いっきり笑ってやってください。笑われないようにいつかここでよい報告が出来たら初めて自分を褒めたい気持ちになれると思ってます。・・・ってそれまでここが続けられるかも怪しいけどな・・・(^^;
'99.11.6 一大イベントだぜぃ
きのうは待ちに待ったBSでのTULIP登場の日でございました。ということで本日はその顛末記。たかがテレビ、されどテレビで大騒ぎぃ~~
どたばたの原因はせっかく受信できるBSなのに我が家のテレビはBSに限って音声を出すことを拒否してしまうことにあるのです。山笠ならば映像だけでも何とかなりますけどTULIPで音がなければ価値は半減以下・・・(上田さんが映っていればそれだけでもOKといえばOKだけどさ)んでリアルタイムであればBSが録画できるという実家が頼りだったのです。
大体が金曜日・・・(10/16の"え!SAY"読んでもらえれば分かってもらえると思うけど)
まず夕方実家の母に「今晩ちょっと寄るわ」とTel。母のセリフは「テレビ欄見てたら"財津和夫"って出てたから今晩くるぞと父さんと噂してたところ」・・・ありゃ、すっかり思考回路を読まれていたか・・・・
実家にビデオ録画のOKはもらったしとりあえず20:00には娘を迎えに出かけ20:25娘に「お母さんこのまますぐにバーちゃんちへ行くけど9時にはおにい(息子)を迎えに行って来て晩御飯の準備はするから」とダンナに伝言を頼んで車から降ろして即実家へ。
何しろ機械音痴の両親。テレビにしてもビデオにしても設定は人任せゆえに最低限の使い方しか知らないと来ている。マニュアル片手にまず一仕事・・・・接続コードすら揃ってない中、接続からやり直してなんとか準備完了。21:00番組開始と共に録画ボタンを押してとりあえず一目でも動く上田さんの姿を確認しようと「心の旅」だけ聞いてから息子のお迎え。息子を連れての帰宅が21:20。それから息子の晩御飯の支度をと思っていたらなんとありがたいことにダンナがしっかり準備しておいてくれている。・・・このあたりが我がダンナなのよねぇ・・・・知らん顔していながらなにげに私に楽をさせてくださる。(^^;;;;;;だから好きよ・・・なんちゃって・・・
おかげでたった30分のロスだけでリアルタイム鑑賞へと突入。家の母ときたらTULIPなんぞに興味などあるはずもないのに私がいない間も"代りに"鑑賞していたらしくまるで使命を受けたかのようにいない間の内容を報告してくださる。(^^;
そんなこんなで番組終了。結局家族中を引っ掻き回して私のBS鑑賞タイムは無事終ったのでした。
日頃「全くいい歳してミーハーな!」と呆れ気味に眺めている家族なのだけどいざという時は協力体制とってくれるなんてやっぱりありがたいものだよなぁ・・・とあらためて感謝の日だったのでした。そーいえばライブの日に空港まで送ってくれたのは父だったんだよね・・・(^^;
え!?肝心のBSの感想!??そりゃあなた「上田さん、さいこーーーーー!!!かっこいい!」以外に言葉はありません。
'99.11.5 風邪
久しぶりに本格的に風邪をひいてしまいました。
「病は気から」といいますがホントにここ2年以上ひどい風邪に見舞われることなくこれもひとえに上田さんパワーだぁなどとのんきなことを言っていたのですがそうそういつまでも都合よくはいかないようで・・・(^^;
熱はせいぜい37度5分程度でたしたことはなかったのですがとにかく体が動かない声が出ない咳が止まらない頭は痛いで散々な日々です。
んでゆっくり寝ていればきっとさっさとよくなっていたんでしょうがこんな時に限ってせっかくの休日に息子の弁当作りだのバザーの役員動員だの娘のピアノの発表会だの旗持ち当番だのが重なってちっとも寝ていられなかったなんてことも悪化させてしまった原因かもなのですが・・・・
仕事へ出かけても頭がボーッとしててつかいものにもならないし炊事しててもとにかく座り込みたい気分で・・・・手抜きでもなんでもとにかくやらなきゃいけないことだけなんとかするぞ!みたいに過ごしておりました。ちょっとの時間にゴロゴロしてはダンナに「そんなところでいい加減に寝てないでちゃんと布団で寝ろ!」と怒られ、息子には「無理に弁当作らなくってもいいよ、仕事もやすめばぁ」などと言われながら・・・でもなんか何にもしないで寝てるって後ろめたいんだよなぁ・・・・・主婦の宿命ってやつですかねぇ・・・そんな良妻賢母なんかじゃないはずなのになぁ・・・・・・・・・
ようやくこんなこともする気力が戻ってきたのですが・・・・まだ夜中にせき込んでねてられないし、声も元に戻りません。人と話しをするごとに「風邪ひいたの??」と尋ねられる日々がまだ続いております。1週間もたつというのに・・・・このままガラガラ声のままだったりして・・・・・どうしましょだな。ほーんとここのところついてないぞ・・・・
'99.10.20 不思議なお天気
今日の仕事帰りのことです。
日中は天気もよくて急に冷え込んできたここ4,5日に比べなんとなく穏やかだったのに帰る頃になって空が暗くなり雨がぽつぽつ・・・・とここまではよくある普通の天気模様。
しばらく車を走らせていると前の方の空はもう真っ暗になっているのに後ろの方はなんと夕陽が照っているのです。更に進むと大粒の雨がぽつぽつ状態からバケツをひっくり返したようなものすごい雨に変わって行きます。ところがやっぱりバックミラーに映るのはオレンジ色に染まった空とぎらぎら光るでっかい夕陽・・・・こんな空のおかげで前方の真っ暗な空にはここのところ見たこともないような大きな虹が完璧に近い状態でかかっているのです。「おーーこんな虹は久しぶりだなぁ・・・」とまるで虹のゲートをくぐりにいくかのように走る車の中で感激していた瞬間、その虹を引き裂くかのように走る稲妻!と同時にものすごい「バシッ!!」という音に近いようなカミナリの音。「ひぇ~~こわぁ・・・・」これだけ長く生きてきましたけど夢の象徴のような虹と不吉なイメージの稲妻との共演など始めてです。虹を見つけたるんるん気分もなんだかこうなっては嫌なことの前兆のような気がしてきます。・・・そーいえばここのところやることなすこと裏目続きだし、ろくなことが起こってないなぁ・・・・・・・冷蔵庫の製氷機は壊れるし、お皿やお茶碗を立て続けに割っちゃったし、銀行にお金を下ろしにいけば突然「取り扱い中止」で係員が飛んでくるし・・・上田さんの新曲聞けなかったし・・・(これは余計か・・・)(^^;;;;;;;
そのうち雨も上がり虹も消えてしまったのですが車の前方にはいつも見えるはずの立山連峰はすっかり霞み変わりになんともいえないグレーに近いきれいなブルーの空が広がり上空は相変わらずの雨雲、そして後方はオレンジ色に染まる鮮やかな夕焼け空。そのコントラストの妙がすごくきれいでなんだか嬉しくて「こんな風景写真に残せたらいいのになぁ・・・・・」と自然が作り出した風景に見とれてしまっていた自分がいました。
こんな表現で私がみた風景を感じとってもらえるものなんだろうか・・・・
#でも、運転中はあんまり見とれすぎてるとまずいんだけどね・・・・
'99.10.17 魔の金曜日Part.2
んで続き・・・(^^;
ライブの次の日の金曜日の日記だぜ・・・・
ここのところ単身赴任状態で家に帰ってこないダンナは最初っからあてになどせずに実家の母頼りで、子供たちには「金曜日の朝6:30過ぎには迎えに来るから今日は学校が終ったらばーちゃんちに帰ってくれ!」と言い残し14日のお出かけとなっていた訳です。
6:00には富山に戻っていた私はとりあえず自宅に戻り簡単に朝食の準備だけしてお約束どおり子供たちが学校に間に合う時間を見計らって実家へお迎え・・・・起きてるはずのつもりが玄関で声をかけても実家は静まり返ったまま・・・「まさか留守中になんかあったか???」と不安になり勝手しったる実家に上がり込むと奥の方からテレビゲームの音。・・・まったく親が迎えに来るのわかってて朝っぱらからゲームかよぉ・・・と見にいけばなんとそこにはゲームに興じる我がオヤジ・・・・「子供たちは???」と聞けば「まだ寝とる」・・・「え゛!??」慌てて彼らが寝ている部屋へいき「こら!学校遅れるぞ!!」と子供どころか母親まで起こす羽目に・・・自分のワガママで子供を預けておいて文句も言えないけどね・・・・
んで自宅に帰って朝食を食べさせ学校へ送り出し更にはきのうできなかった洗濯物の山も片付け自分の仕事へ。ところが毎度ライブの後はテンションがあがってただでさえ眠れないのに急に冷え込んだせいで夜行列車は寒くてとても眠れなかったときてる。とうぜんといえば当然仕事中は眠いは体は痛いは(ライブの後遺症の筋肉痛・・・・(^^;)これじゃ仕事にならないし、そう言えば夕食も今日は早いのにご飯も炊いてないしといつもよりも早めに仕事を切り上げてさっさと帰ってしまったのでした。
おかずはすぐ出来るお惣菜でいいとしてとにかくご飯だけと思って準備をしようと思ったらなんと既に炊飯器のスイッチが入ってるじゃないですか!「???」・・・「ご飯がなかったから炊いておいたよ」なんと梓が自分でお米をといでご飯を炊いておいてくれたのです。持つべきものは娘だねぇ・・・思わぬ我が子の機転に感心するやら驚くやらなのでした。娘もちゃんと成長してるのねぇ・・・・・・
一人バタバタしていたお母さんはこの出来事でようやくこの日始めて「ほっ!」と一息つくことが出来たのでした。
こんな思いをしながらもやっぱりライブはやめられない・・・・・ビョーキだね、こりゃ・・・・・
'99.10.16 魔の金曜日
なんていうほどではないのですけど・・・
私にとっての金曜日というのはここ2年とんでもなくあわただしい曜日になっています。ふつー"花金"などといわれ土日の連休を前に宴会だのなんだのとワクワクするはずの金曜日。
ところが我が家に限っては・・・というか私に限っては・・・・
朝起きて仕事へ出かけて帰ってくるまでは毎日の繰り返しなのですが、ここからが大変・・・
17:00帰宅ごまず新体操の練習に出かける娘のためにまず夕食作り。18:10に体育館まで送っていき、戻ってくるのが18:30.場合によってはしばらくするとダンナの帰宅。さっさと自分も夕食を済ませ19:50には娘のお迎え。戻って30分もしない内に今度は夜間練習の息子の迎え、帰宅後息子の食事・・・・・・
たった4人しかいない家族がこの日だけは全員夕食時間がバラバラな上に送り迎えまでついてしまうのだから始末におえない。ぜーんぶ片づけてほっとできるのは23:00頃なんである。これでたまたまダンナが仕事で遅いなんてことになればもう「帰ってくるなぁ!」とでもいいたくなってしまうのです・・・(^^;
更には秋から春にかけて我が亭主はほとんど単身赴任状態になり週末しか帰ってこないなんてことが多くなるのです。そんな時は「ひゃ~今日帰ってくるんだぁ・・・」的曜日にもなってます。(帰ってきて欲しくないみたいだ・・・・)
これに更に行事などが入ってしまった日には一人でパニックやってる訳で・・・・・
LIVE帰りのきのうなどはもう最悪・・・・大体が夜行列車でほとんど寝てない状態から始まったんだもんね。(^^;;;;;;もっともこれは自業自得というやつでもあるけど・・・;
そんなわけでここのところ金曜日の私の予定というのが入れにくい、入れにくい。ダンナだけならほっとけるけど子供たちとなると・・・代りを探さなければいけないわけでその段取りを考えてるだけで面倒になって「えい!でかけるのやめた!」になってしまうのでした。主婦はつらいぜ・・・・・
とにかく今の私の願いは自分の都合最優先でさっさとスケジュールを決めて自分のためだけに動いて文句を言われない自由が欲しい!!!!
'99.10. 9 さぁ、恒例リクエストぉ~
吉祥寺GAR-YIZまで1週間をきってしまいました。よーーーく考えるとなんと私のGAR-YIZ体験は去年の11月同じ吉祥寺GAR-YIZ以来だったんだと今ごろになって気がついているやつです。毎月コンスタントにやっているGAR-YIZ。しっかりご報告いただいてるせいかなんだか参加してきている気になってたんですねぇ・・・(^^;3、4月に見たのはWishing、8月はPiccadilly・・・9月にはTULIPなんてのもあったし・・・(これはテレビで見ただけか)上田さんがこれだけ活動しておられるのに自分がいかにその場で応援できない身の上なのかあらためて思い知らされた気がして情けなくなっちまいます。いや、応援は上田さんのためじゃなくてやっぱりあくまでも自分が見たい!聴きたい!という自己中心的理由なんだけど・・・・とにかく私は上田さんのステージの客席にいつもいたいぞ!!!
更には実はダンナにはまだ「行く」って言ってなくてどうもピンと来ていなかったし、友人には完全に呆れ声で「またぁ!そういうこと・・・」なんて言われちまうし・・・いや、めでたく??(^^;先ほど宣言は致しましたのでようやく障害は何事もなく・・・(ってそーいう問題かい?)ようやく「さぁ行くぞぉ~~~」モードになりつつあるこの頃です。
ということで久しぶりのリクエストぉ~~なのでした。
さてさてCAVERNでの上田さんのMCなどからどうやら今回は以前よりも"オリジナル"が増えるらしいのです。前回も増やすといいながら「忙しかった」を理由に過去の曲のリメイク(?)2曲+「GAR-YIZのテーマ」「New York Style」だったので今回こそはそれはなしよ!的な気分です。となると・・・ほんとうに"新曲"がでてくるのかなぁ・・・伊豆田さんは別ユニットのレコーディングとかでお忙しかったみたいだけどGAR-YIZ用の曲も準備されてるのかなぁ・・・・あづまくんの"新曲"は是非期待したいのですけど・・・Piccadillyでもなかなか表立ってライターとしての本領は発揮できてない気がするんでねぇ~2曲は欲しいよォ~・・・でバンマス上田さん!もともとそんなに曲を書かれる人じゃぁないけど1曲くらいは書いててねぇ~~です。といいながら実はTONY以降の音源が残ってない曲の出現を切に願っている私だったりします。黙ってやっちゃえば気がつく人はいても数人・・・・だと思うし・・・・(^^;;;;;こういう発想はいけないかしら??
さて想像もつかないオリジナルは置いといて、GAR-YIZといえばBeatles!1年もたてば当然レパートリーが増えてます。とにかく絶対にこのチャンスに生で聴きたいのは「Dear Prudence」!!!!!ここのHPを隅からすみまでしっかり読んでいただいてる方にはきっと私のこの曲へのこだわりはわかってもらえると思うのです。この機会を逃すといつ聞けるかわかんないんだもん!(だからといってそれが上田さんに通じてる訳じゃないけどなぁ・・・(^^;)それから「If I Fell」これもずっとリクエストし続けてて11月以降に出てきた曲です。そうそう!忘れちゃイケナイのが「Live And Let Die」!Wishingでは伊豆田さんのVocalで聴くことができました。でもドラムが違ってたんですもん。これは絶対上田さんのドラムで聴きたい!というよりはこの曲を叩いてる上田さんがみたい!絶対みたい!この3曲だけは今回絶対に絶対にやってくださいましと願ってやみません。
更に望むとすれば・・・「Sgt. Peppers~」「Revolution」「Norwegian Wood」「Mr. Moonlight」。「Rain」「Money」はあづまくんのVocalなのがちと惜しいけどでもこの曲も上田さんのドラムでは聴いてないし・・・聴きたいよぉ・・・1度は聞いたことあるけどもう一度といえば「Hey Bulldog」「The Fool On The Hill」「Strawberry Fields Forever」「Magical Mystery Tour」他ロックンロール系ならば全部聞きたい・・・。まだレパートリーとして出てきてないけど期待したいのが「Got To Get You Into My Life」「Helter Skelter」「Everybody's Got Something To Hide Except For Me And My Monkey」(うー長い)伊豆ちゃんバラードで「Maybe I'm Amazed」・・・それから、それから・・・ほーらきりがなくなってきた・・・・
またまた今回は杉さん松尾さんのゲスト出演も決まったそうで相変わらずの"Piccadilly状態"なわけでその分上田さんのVocalも減っちゃうのかと思うとちょっと複雑だけど・・・やっぱりこれはお得なんだろうなぁ・・・2曲づつということだから初回とはまた違った曲を歌われるのかなぁ・・・・杉さん「Two Of Us」やって・・・・・(^^;
などと私の希望は果てしなくぅ~なのでした。今ごろはもう曲も決定してリハなどに追われておられるのかなぁ・・・などと思いつつようやく"吉祥寺モード"突入の私でした。
#でもな、きのう雨で延期になった娘の晴れ舞台"富山市小学校3種競技会"の振替日なんだよなぁ・・・・この日。朝はお弁当も作らなきゃならないし・・・・きっといっぱい報告があるんだろうなぁ・・・ライブの前にTelして結果聞かなきゃだななんてちょっとお母さんしてこんな予定までたてている私だったりします。
'99.10. 2 "'82.10. 2"
今日は上田さんの4○回目(^^;のBirthday。あちこちでお祝いしまくってる気もしますが何はともあれ"おめでとう!"なのです。・・・上田さんに届けばいいなぁ~~~このおめでとうが・・・・
上田ファンにとってはとっても神聖なる(?)この日。私にはずーっと忘れられないでいる10.2があるのです。今回はそのお話・・・・・
17年前のこの日も"今日"と同じ土曜日でした。
会社の新婚同僚の御家庭にご招待を受けていたこの日「どうしても行ってこなければいけないところがあるから」と一人"遅刻"を決め込んで、とあるマンションの前に立っていました。
当時私はほんの真似事で写真を撮るということも趣味にしてました。会社の同好会の先輩から「社内の写真展やるから1枚作品を出して欲しい」といわれて生まれて始めて自分で撮ったカラー写真の現像というのをしたことがあります。
被写体は"憧れの君"・・・・いわゆる作品としての善し悪しなどまるで分からないけれど数ある中から選んだお気に入りの1枚の写真を先輩は「目が鋭くていいよね」そう評してくれました。
この1枚はなんとか"彼"の元へ届けたい・・・カラーバランスの調整のために何度も焼き直しを繰り返しながらいつしかそう思っていました。そして出来上がったはじめての作品。同じものが2枚。
その1枚を持ってこの日"彼"の住むマンションへ出かけたのです。どうしてもこの日に届けたくて一度も訪れた事のないその場所へアドレスだけを頼りに出かけたのでした。見つかったらどうしよう・・・怪しい奴と思われたらどうしよう・・・そんな思いをしながらも郵便受けを目の前に動けないでいる私がそこにいました。祈るような思いで写真1枚の入った封筒を郵便受けに差し入れたあの瞬間の胸の高鳴りは17年たった今でも鮮明に覚えています。切手のない差出人の名前もない封筒はどう思われるのだろうそんなことが心配でそれでもちょっとでも嬉しいと思ってもらえないだろうかと思ってみたり・・・今思うときっと気味が悪かったんじゃないかなぁ・・・・・真相は彼のみぞ知るなのです。
実はこの話に結末はありません。これで終ってしまうのです。もう1枚の写真は今もちゃんと私の手元に大切に残っています。いろんな思いを込めて彼の元へ残してきたあの写真。今もなお彼のうちの押し入れの隅にでも残っていたらいいのになぁ・・・・毎年この日になると写真の行方が気になってしまうのです。
